大阪のメディアを考える「大阪読売新聞 その興亡」37(社会部編13) 安富信

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「もっといい事件あるよ」と刑事課長。社面トップに

 たった1年のネソ回りだったが、非常に中身の濃い1年だった。特に前半は、上海列車事故の海外出張取材に始まり、恐怖の4連続大事件・事故。殺人事件の出張取材など、、、。秋からは、市内回りらしく、所轄の事件、街ネタなどを運よく沢山書けた。その中でも、最も印象に残っている記事がある。捜査一課担当の先輩に、「君もなかなかやるなあ!」と皮肉たっぷりに言われた記事が。
 それは、筆者らしい要領の良さで勝ち取った特ダネだったが、今も、懐かしいような、調子の良さが際立っているような思い出があり、妙に気恥ずかしい。前置きはこれぐらいにして、その記事の顛末を。1年前の夏、曽根崎署管内で1億5000万円強奪事件が起きた。当時の捜査一課担にとっては、最大の未解決事件だ。発生から1年が過ぎて、何か有力な情報があるかもしれない。一課担の先輩から筆者に取材依頼があった。よくある話だ。それも、当時、捜査一課でこの強盗事件を担当した班の班長(警部→警視)が大淀署の刑事課長にいた。K刑事課長に、有力な情報があるかもしれないから、聞き出してほしい、ということだった。最初は、筆者も真剣に聞き出そうと思っていた。言い訳だけど。しかし、K刑事課長は役者が1枚も2枚も上手だった。刑事課長席で執拗に食い下がる記者に対して“司法取引”を持ちかけてきた。「安富さん、そんなことより、いい事件があるんやけどねえ」。多分、記者の右眉毛が少し上がったのだろう。すかさず、K刑事課長は切り込んできた。「見出しは、パチンコ屋のおばちゃん、濡れ衣晴れた、やな」。記者は簡単に取引に乗ったのは言うまでもない。詳しく聞いた。ますます、社会面トップ記事だと確信した。1億5000万円事件は頭から消えていた。

別の事件の取材に行って代わりに貰ったネタ
1年前に曽根崎署管内で起きた1億5000万円強奪事件

そして、書いた記事は今でも、筆者史上自慢の記事となっている。社会面トップを飾った。当に、見出しは、「パチンコ店おばちゃん」「盗みの疑い晴れた」「犯人どつきたい」「自分の責任 月10万円今も返済」。事件の概要はいたって簡単だ。でたらめの履歴書でパチンコ店員として数日間働いた間に店の寮に忍び込んで8店から2000万円を盗んだ39歳男が逮捕された。
 しかし、その中で、「ドラマ」があった。この男が596万円を盗んだ東住吉区の店では、内部犯行の疑いをかけられた、住み込みの57歳賄い女性が給料から毎月10万円ずつ返済しており、一時は自殺を考えたほどだった。疑いは晴れたが金は戻らず、責任を感じて返済を続けているこのおばちゃんは「こんな年になって辛い目に遭った。犯人を2つ3つどついてやりたい」と言っているという話だ。月給16万円からの10万円の返済だという。泣かせるよね! 所轄回りって、こういう記事が書きたかったよね、と自画自賛します。すみません。でも、先輩からは本当に真顔で「あなたもやりますねえ~」と言われたのを今も覚えている。

全国版の記事を連発!

 これで調子に乗った筆者は次々と全国版記事を連発した。曽根崎署からは、「新聞紙の指紋 ハイテク検出」「強盗犯1年5か月ぶり逮捕」「色合成技術を応用」「大阪府警 前歴者照合、ぴったり」。これまで、新聞からの指紋検出は不可能とされていたが、大阪府警鑑識課が民間の印刷会社に協力を求めて指紋を浮かび上がらせて、犯人を特定し、逮捕・送検したという特ダネだ。刑事課長からもらった。夜間金庫で122万円が詐取されたいう事件も書いた。天満署では、「日経出版社」や「東洋経済出版社」などと大手の新聞社や出版社とまぎらわしい会社を名乗った詐欺グループが全国の企業に広告掲載料として3万-9万円の請求書を送り付け、9000万円を詐取していたことを突き止め、午後にも逮捕するという社会面トップ記事も書いた。

ネソ担当で書いた数々の特ダネや話題モノ
事件や街ダネ楽しい1年だった。

と、ここまで書いてきて、今回は全く面白くないことに気づいた。自慢話は面白くないのだ。当たり前だ。少し、趣向を変えよう。今の出来事を俯瞰してみよう。2022年9月8日付の新聞。読売も朝日も一面トップ記事は、東京五輪・パラリンピックをめぐる汚職事件の続報だ。受託収賄容疑で再逮捕された、大会組織委員会の元理事で元電通の高橋治之容疑者(78)の悪行の数々だ。AOKIとかKADOKAWAとかの横文字になった紳士服屋さんや出版社さんが、五輪の利権を貪ろうと、必死の売り込みをフィクサーともドンとも言われる高橋容疑者に多額のお金を渡して売り込んでいる。まあ、あるだろうな!というのが本音でそんなにびっくりしていない、感性があり、ちょっと怖い。それだけ、今の日本はこうした高級国民たちだけが潤うという構図が出来上がってしまっているのだ。

うるおう「高級国民」 おこぼれひろう庶民

 昔から贈収賄事件は後を絶たないが、最近の構図はドンとかフィクサーとか言われる超高級国民に群がり、少しでもおこぼれに預かろうという構図が目立つ。安倍元首相の「モリカケ・サクラ事件」に見られるパターンと同じだ。で、その下に読売新聞は「本紙に新聞協会賞 五輪汚職報道」と書き、朝日新聞は「本社に新聞協会賞 国交省の統計不正報道」とある。なるほど、東京地検特捜部が捜査を進めている五輪汚職は、読売の特ダネだったんだ。知らなかった。朝日の国交省統計不正は知っていたが。それぞれが自画自賛しているが、筆者はどちらの特ダネが優れているかと考えると、当局からの情報をいち早く出した読売、当局が隠していた表に出したくないことを暴いた朝日、後者に軍配を上げたい。いずれにせよ、協会賞はおめでたいことですね。この連載でも紹介した読売大阪社会部の「おなかの赤ちゃんが助けてくれた」とか朝日のリクルート事件は、今も調査報道の原点だと思いたい。弱い者の味方である新聞社の矜持をこれからも示してほしいものだ。

㊧五輪汚職を伝える記事 
㊨と㊦は新聞協会賞受賞を伝える朝日と読売の記事
㊧送迎バスに取り残こされ事故 ㊨大阪府警の虚偽発表

社会の劣化、新聞よ立ちあがれ

 さらに、静岡県牧之原市の認定こども園の通園バスに取り残されて熱中症で死亡した3歳女児の事件も酷い。4つや5つもの注意事項を一つでもやっておけば、防ぐことが出来たはずだ。なのに、全くやらなかった。どうしているのか! これも、今の日本が持つ脆弱性の所以だろう。どこか歯車が狂った社会になっているのではないだろうか? 私見だが、これも新自由主義とかいう強いもの富める者たちだけがさらに強く富む社会にした安倍政治の末路だと思う。ここで、国民も政治家も、マスコミもよく考えて舵を切り直さなければ取り返しのつかないことになる。

 また、大阪府警が高槻市の女性殺害事件で逮捕され、府警福島署の留置場で自殺した問題で、府警本部留置管理課が意図的に虚偽の発表をしていたと読売新聞大阪版の社会面に出ている。これも30余年前の「おなかの赤ちゃん」事件と体質が全く変わっていないことを露呈している。組織にとって拙いことがあれば、直ぐに隠蔽工作を図ったり、嘘をついたりする。変わらないなあ!全く。憤りがさらに募る。長々と何を書きたいかと言えば、こうした「社会の劣化」と言えるこの時に、マスコミ、特に新聞が立ち上がらなくてどうする!と強く感じる。

統一教会報道ひかえたマスコミも責任

あっ、大事な観点を忘れていた。統一教会の問題だ。正直言って、筆者は大学時代から統一教会の問題を目の当たりにしてきたし、実際、同志社学生時代に統一教会の下部組織の「原理研」に勧誘されたこともある。3時間ほど軟禁状態で説得された。這う這うの体で逃げたが、間一髪だった。しかし、新聞記者になって、統一教会の被害や実態を書いたことはない。おそらく、読売大阪社会部もほとんど書いていないだろう。自主規制したのか統一教会の報復が怖かったのかもしれない。朝日や毎日はそれなりに書いていた。その点では偉そうにはいえないが。1970年代から始まった統一教会の問題から目をそらし、1990年代以降はテレビなども報道しなくなり、水面下に沈んでしまった。当にマスコミの責任は大きい。水面下に隠れながら、統一教会との関係を断ち切れないばかりか、むしろ選挙で協力してもらうなど自民党をはじめとする保守政治家のやり口は悪質化している。安倍元首相の狙撃事件で浮上して来たことは、千載一遇の好機である。読売新聞をはじめ新聞各社は膿を出し切るべく、取材すべきである。(つづく)

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