はじめに
先日、知り合いの大学生から就職活動で相談を受けた。「何社か面接を受けているが、パソナ社はどうだろうか。本社機能が移転する淡路島に住んでいる人の話を聞きたい」という内容であった。本人の職業選択なので、止めることも薦めることもしないようにと注意しながら、一在住者として現在淡路島で起きていること、パソナ社に対する筆者自身の思いなどについて正直に応えさせてもらった。本稿では、その回答した内容を基に、少し詳しく補足して述べていきたい。
アンビバレント
今、淡路市釜口にある大観音像が、足場に覆われた状態で、解体が進んでいる。冒頭の写真は解体中の世界平和大観音像。1980年代半ばから始まるバブル経済の少し前、地元出身の不動産業の男性が建立した。建設中は、どんな立派なものができるのか期待したが、完成したのはコンクリート打ちっぱなしの観音像の形をした展望台といえる代物だった。とてもがっかりしたのを覚えている。その後、竣工当時のバブル経済の波にも乗り、多くの観光客が訪れ、地元にもそれなりの経済効果はあったが、男性やその家族の他界後は、相続放棄などで放置され、近年は外壁が崩落するなど迷惑施設となっていた。その観音像が今、国の税金が投入されて解体されている。
なぜ、淡路島とパソナ社の話の冒頭に大観音像の話題を出したのか。筆者は、いま淡路島(正確には施設が集中するのは、淡路島北部に位置する淡路市)に拡大するパソナ関連施設、ハローキティスマイル、ニジゲンノモリ、シェフガーデン、青海波、クラフトサーカスなどが、当時観光客を集めていた大観音像と同じように見えているからである。
多くの観光客が訪れ、ランドマークタワーのように扱われた大観音像。島外の人に自分の住む地域を紹介するときには「あの大きな観音さんの近く」と説明すれば、たいていの人は「ああ知ってる」となる。しかし、心中は「ただのでっかい展望台やん。あんなもんないほうがええわ」と、迷惑でしかなかった。ただ地元にはオーナーの親類縁者もいたので、声に出して批判することはなかった。
今、パソナ関連施設が次々にオープンし、メディアで次々と取り上げられ、淡路島在住者ということで島外の人から、最近の淡路島ブームの話題を振られることが多くなった。自分の住む町が多くの人に注目されることは、とても嬉しいことだが、それが、日本の雇用状況の悪化の要因である人材派遣業、しかも嫌われ者の竹中平蔵氏が会長を務める企業に関連するということで、心から喜べないのである。
一住民から見える風景
2021年9月に、総合人材サービス・パソナグループの本社機能移転が発表された。2024年5月末までに約1200人を島内に移す計画である。現在、淡路市内各地に、観光施設、オフィス、社員向け住宅が建設され、平成のバブル景気さながらである。
西海岸(地元民は「西浦」という)を中心に観光施設がオープンし、東海岸を中心に、オフィス・住宅が建設されている。西海岸の海沿いの土地は、冬場の西風で潮が吹き上がるので住宅用には好まれず放置されていたが、観光施設用に買い上げられ、喜んでいる地主もいると聞く。さらに、社員用の住宅にマンションが借り上げられ、新たな社宅も建築され、地域にパソナ社員の移住が進んでいる。また、雇用についても、パート・アルバイトだけでなく、契約社員などの求人も出され、地元の人も雇用され始めている。すでに筆者の知人も数名、パソナ社に雇用されている。
淡路市長肝いりで毎年開催される「いつかきっと帰りたくなるまちづくり講演会」の2021年度講演会(2021年12月)で、講師に南部靖之パソナ社代表を招いたことからもわかるように、まさに官民あげての歓迎ぶりである(ちなみに、この講演会は、2014年にはあの竹田恒泰氏を講師に招いた実績がある)。南部代表はこの講演の中で「島民の方から『帰れ』と言われたら帰ろうと思っていた」と発言している。歓迎されないかもしれないという自覚があったのかもしれないが、そもそも島民に淡路島への移転についての選択権など無く、いつのまにか移転が決まっていたのである。また南部代表は「2025年に、もう一度講演に呼んでください」と大阪万博との関連についても言及した。大阪万博のパビリオンにパソナ社が内定しているように、維新とつながりの深いパソナ社にとっては大阪万博が淡路島での事業を飛躍させる大きなチャンスなのだろう。
このように、徐々にパソナ社の淡路島内での事業展開のステークホルダーが地元に増えることで、人材派遣業の問題、パソナ社への批判を口に出すことが憚られる空気感が醸成されていると感じる。淡路市長は「いつかきっと帰りたくなる街づくり」をキャッチフレーズに掲げて、街づくりを進めているが、市内どこに行ってもパソナ社に関連するものが目に付くようになり、筆者にとっては、できれば距離をおきたい、一旦出て行くと帰りたくないと思うだろう街になってきているのである。
おわりに
大阪市では、区役所の窓口の委託化が進み、その委託先にはパソナが多く入っている。淡路市では、ホールなどの公共施設に指定管理が入っているが、市役所業務の委託化は進んでいないようだ。しかし、これだけ地域とパソナ社のつながりが強くなってくると、非常に財政状況が厳しい淡路市において、やがてはその議論も始まるのではないかと危惧している。
パソナ社の移転が進むと約1200人の社員が淡路島に在住することになる。企業の意向を行政に反映させる市議会議員を送り出せる人数である。新たに市議会議員を送り出さなくても、地域に巨額を投資する企業の意向を忖度する議員は多く出てくるだろう。淡路市役所の窓口がみんなパソナ社のパート社員という絶望的な風景は見たくないと思うが、案外近い将来に現実となっているかもしれない。
人材派遣業という批判の対象となる業種であれ、淡路市内での観光・雇用・定住に寄与する事業展開を見ると、高齢化・人口減少にあえぐ地元にとっては、歓迎すべき企業となっているのが現状である。しかし、企業や業態には栄枯盛衰がつきものである。かつて淡路島の雇用や経済を支えた鐘紡も三洋電機も今は存在しない。コンクリートづくりであれだけ頑丈に見えた大観音像も、まもなく撤去され更地になる。多くの人が「パソナ市」になるのではと心配するほど、パソナ社が猛烈な勢いで拡大する淡路市において、それに背を向けた街づくりは考えられない状況ではあるが、パソナ社だけに頼る一本足打法とならないように、30年、50年先を見据えた地に足のついた街づくりを一住民として考えていきたい。
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