映画ヒョウロクダマ(ライター)
コンゴで採掘されたレアメタルのひと欠片にアフリカの古代神が宿っており、その神が先進国で使われているスマホの一台の中で覚醒、インターネットを通じてウェブ社会全体に怒りのエネルギーを拡散させる。この古代神は女神であり、母神だ。自分が眠っていた何千年もの間に変わり果ててしまった世界…父神・唯一神的なもの、性搾取的なもの、覇権主義的なものに覆いつくされた世界…の有様を知って、母神は発狂し、端末機器を通じた呪波によって地球上のホモサピエンス雄体の生殖器官を焼き切ってしまう。雄性の多くは死に、生き延びた者たちは雌体に跪いて過ごすことになる。…以上はこの映画を見終わった一瞬後、脳裏によぎった地獄SF噺である。誰か映画にしないだろうか。だめだろうな。
誤解を恐れずに言えば「ムクウィゲ」は呪いの映画だ。これを見るとあなたは呪われる。呪われるとは、自分ではどうしようもない何ものかが精神の深くに根を下ろし、それが人生と生活に少なからずの影響を与えてしまう状態を指す。私はこの映画をスクリーナーで送ってもらってPCで見た。途中で三回ぐらい鑑賞を止めそうになった。小便にいきたくなったのではない。苦しくなったのである。PCでこの映画を見ているという現在進行の行為自体が、コンゴの性暴力の加害側に加担している可能性があると知ったためである。
電子機器に使うレアメタルの採掘国のひとつがコンゴであるというのは知っていた。ルワンダと隣接しているという地政学的な事情もあって、様々な軍事組織が乱立して殺戮や略奪が横行しているということも、ジョン・ル・カレの著作などによって知っていた。だがこの映画が明らかにした女性に対する組織的な性暴力についてはまったく無知であった。レイプを衆目の下で行うことで、共同体の自尊心や誇りを破壊し、逆襲の芽を徹底的に摘んでしまう。こういった残虐行為に手を下しているのは複数の武装勢力だが、彼らが武器を調達する資金源がレアメタル採掘・流通に対する莫大な課税なのである。レアメタルが組み込まれたPCで私はその告発映画を見ている、この倒錯した現実を呑み込むことは、呪われることだ、と私は考えてしまった。そして性的に傷ついた者を穢れとして排斥してしまうという共同体の構造を利用する武装勢力の遣り口もまた、原始的な「呪い」に根ざしたものではないか、とも思った。そのようなわけで私はこの映画によって複雑に入り組んだ呪いに浸食された気持ちになった。
とはいえこの映画を見ても、呪いなどといった面倒臭いことと無縁でいられる人も少なくないだろう。例えばこの映画のサブテキストともなっている以下のような文章を読んでどう思うだろうか。
「国連はコンゴで1993年から2003年の10年間において発生した613件の深刻な人権侵害について調査を行い〝国連マッピングレポート〟と呼ばれる報告書を公表した。報告書では、正義を実現するために国際法廷や特別法廷、真実委員会を設立することが提案されている。だが公表から10年以上を経ても提案は実現されていない。」
何をやっているのだ国連は。お題目立ててそのまま10年か。偉そうなやつらが雁首そろえて何もできないのか。コンゴの人たちはかわいそうに。SDGsって大事だよね。そう思ってあとは晩飯やスマホ料金プランの話に切り替えることができる人なら、この映画を見ても呪われることはない。見た次の日もイデコの話とかをして生きていけばよい。しかし、もしあなたが上の国連云々の文章を読んで以降、心の弱り、怒り、絶望などが持続してしまうような人であった場合は、この映画を見るのは危険である。呪われてしまう可能性が高い。
ムクウェゲ医師はコンゴの殺戮と性暴力を止めるためには法に基づく刑罰の執行が必要だという。だが本当に罰されてしまうのはスクリーンのこちら側にいるおれらでは、という気持ちになってしまう呪い、呪われ映画であった。少なくともおれにとっては。私の場合。
園崎明夫
このドキュメンタリーについては、私個人の感想のごときものなど、ほとんど意味はないと思います。
ただ、できるだけ多くのひとに、「どうぞこの作品観てください」「ともかく観てください」「まず観てください」と繰り返したい、
そういう映画です。
そして、自分自身は一人静かに考えてみる。
コンゴで今起きていること、これまで起きてきたことを。
かの国と自分の国のありようを。
インタビューを受ける女性たちと自分の子供たちのことを。
あるいは、ムクウェゲ医師と自分自身のことを。
そういう映画です。何度でも言います。まず映画館へ行って観てくださいと。
そのざき あきお 毎日新聞大阪開発(株)Mエンターテインメント統括プロデューサー
映画「ムクウェゲ」、関西では第七芸術劇場で3月12日(土)から上映。
公式サイトはこちら http://mukwege-movie.arc-films.co.jp/#modal
なお、冒頭の写真のコピーライツは © TBSテレビ
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