映画「ふたつの部屋、ふたりの暮らし」 囚われの姫を救う老レズビアンの英雄譚  映画ヒョウロクダマ(ライター)

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© PAPRIKA FILMS / TARANTULA / ARTÉMIS PRODUCTIONS – 2019
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静と動の対比、揺らめく視線のドラマ

「ふたつの部屋 ふたりの暮らし」はタイトル通り、さまざままな相対するシンボルが出てくる映画です。最初の幻想的なシーンでは黒のドレスの少女と白のドレスの少女が戯れる様子が描かれて、物語全体に謎めいたトーンを投げかけます。ニナとマドレーヌ、ふたりのヒロインが住むそれぞれの部屋は、一方は無機質でストイック、一方は記念写真や上品な調度家具が置かれた暖かい部屋。ふたりの国籍は実直で硬質なイメージのドイツと奔放で華やかなお国柄のフランス。そして物語上,マドレーヌは脳卒中で全身不随となり徹底的に「静」の役割を担い、ニナはマドレーヌを救うために果敢に「動」の役割を果たします。これらのふたつの対比するものがモチーフとなって、独特の美しさと緊迫感のある映画になっています。
とくに、病気で身体を動かせないマドレーヌの、目の演技に驚嘆させられます。愛人であるニナと自分の娘の間で赤裸々に語られる会話に、瞳を震わせ、揺らせ、奔らせ、0,1秒刻みで疑惑、憤怒、悲憤が入れ替わっていきます。「静」の中の微かな「動」の芝居の何と豊かなことか。カメラワークも含めて必見のシーンです。

勇者が姫を救出する古典的英雄譚

© PAPRIKA FILMS / TARANTULA / ARTÉMIS PRODUCTIONS – 2019

二人の老いたレズビアンの物語というので、静謐な映画をイメージしていたのですが、怒涛のスリリング展開に圧倒されました。
ニナは激情の人です。愛するマドレーヌの心と体を死の淵から救い出すために動く、動く、動く。介護士を買収し、住居不法侵入し、自動車を叩き壊し、怒り狂ってはマドレーヌの息子たちの家に投石します。サスペンス映画の成分を盛り込みたかったと監督は言っていますが、後半のニナの動きによって映画はむしろアクション映画に近くなってきます。独善的でときに暴力的、ゆえに相応の報いも受けるニナの行動はしかし、見るものに不思議な爽快さを感じさせてくれるでしょう。理由は恐らくこの映画が「勇者が囚われの姫を救う」古典的英雄譚だからです。勇者はもちろんニナ。そして姫はマドレーヌです。
マドは「家族」や「罪悪感」「自己検閲」という城の中に閉じ込められています。あまり長く幽閉状態が続いたため、「外側」の可能性に怯えるようにまでなり、自己矛盾の抑圧の果てに脳卒中という病を呼び込んでしまいます。一方、マドレーヌの発病はニナの憤怒が引き金ともなっています。それがわかっているため、ニナは一層躍起になってマドの解放のために奔走します。
勇者の前には竜や魔物が立ちはだかるのが英雄譚の常ですが、映画ではこの敵たちが、時には人の形をとって、あるいは百年来動かない社会通念としてニナの行く手を阻みます。たとえばマドレーヌの亡夫は息子と結託して彼女に呪縛をかけています。「母さんは父さんが死ぬのを待っていたんだろう」という息子の残酷な言葉でそれは仄めかされますが、ここではまさに魔物ならぬ死霊が、罪悪感という呪いでマドレーヌを縛り付けようとしてるわけです。
英雄譚の勇者は通常なら家来を従えますが、ニナはほぼ孤絶状態。しかし終盤に至ってまことに意外な「味方」が現れます。それが誰なのかは伏せておいた方がいいでしょう。ちなみに勇者が携える剣、もしくは姫を解き放つ鍵となるのが「音楽」。60年代のヒット曲CHARIOT。荒涼の部屋でロマンチックに流れる曲は絶望の中の微かな希望となっています。

ふたりが探し求めた60年代という夢の時代

© PAPRIKA FILMS / TARANTULA / ARTÉMIS PRODUCTIONS – 2019

このCHARIOTの「あなたと私は生きる 素晴らしい島の上で」というフレーズを聴いて思い出したのが、1975年放送の日本のドラマ「悪魔のようなあいつ」でした。主人公の沢田研二は三億円強奪犯で、彼に好意を寄せているのが藤竜也演じるバーのマスターという設定。白血病で死が迫った沢田に藤は何度も「二人でどこか南の島へ言って生きなおそうぜ」と繰り返します。男性と女性の違いはあれ同性愛者が「どこか夢のような島」を求めて果たせない哀しさが、よく似ていると感じました。マドレーヌは脳卒中のせいで一時記憶も失いますが、「悪魔のような…」の方も沢田が病のせいで徐々に記憶を蝕まれていく恐怖が描かれていました。三億円事件が起きたのは1968年。ニナとマドレーヌが青春時代をおくったのもこの激動の時代で、画面に一瞬、60年代のファッションに身を包んだマドレーヌの写真が出てきます。ニナとマドが目指していた約束の地は、実はあのラブ&ピース、60年代という時代そのものだったのかもしれませんね。

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